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大阪高等裁判所 平成2年(ラ)124号 決定 1990年8月07日

抗告人 秋川芳子 外1名

相手方 清水成明

主文

原審判を取り消す。

本件を大津家庭裁判所に差し戻す。

理由

I、本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

II、当裁判所の判断

1  抗告人らと相手方との身分関係、生活状況等に関する原審判の事実の認定(原審判書の理由IIの1)は、記録に照らし、相当として是認することができる。

2  しかしながら、原審判の抗告人らについての相手方の扶養義務の有無及びその支払うべき金額に関する判断は、以下の諸点において不当であって、これを是認することができない。

(1)  原審判は、抗告人らが、父である相手方に対する愛情を欠き、相手方との交流を望まない状態となっていることを重視し、扶養義務者である相手方の資力(収入および資産等)と同じく扶養義務者である抗告人らの母秋川豊子の資力(収入および資産等)とを対比して検討することなく、抗告人らの扶養料について、相手方においてその5割を負担すべきであると判断する。

なるほど、一般に、扶養の程度または方法を定めるについて、扶養権利者と扶養義務者との間の生活関係とそれらによって形成された両者間の愛憎や信頼の状況を、民法879条所定の「その他一切の事情」の一つとして考慮することがあながち不当であるとはいえないとしても、本件のような未成熟子の扶養の程度を定めるについて、この点を重要な要素として考慮することが相当であるとは到底いいがたく、何よりもまず、扶養義務者である相手方の資力と、同じく扶養義務者である豊子の資力とを対比して検討し、これを基礎として、抗告人らの扶養料中、相手方において負担すべき割合を認定判断すべきものといわなければならない。

(2)  また、原審判は、豊子において払戻しを受けた抗告人芳子名義の貸付信託等相当額206万3156円および抗告人信子名義の貸付信託等相当額169万9248円を、相手方が負担すべき抗告人らの扶養料の支払にそれぞれ充てるのが相当であるとし、相手方において抗告人らに支払うべき扶養料の金額の計算上、上記各金額をそれぞれ控除しているところであるが、原審判も認定したとおり、豊子において払戻しを受けた抗告人ら名義の貸付信託や金銭信託相当額は、そのまま清水トヨ子(すなわち、豊子)名義の銀行口座に預け入れられており、これらが抗告人らの扶養のために費消された事実は認められないのであるから、相手方、豊子および抗告人ら間において、上記各金額を、相手方の負担すべき抗告人らの扶養料の支払にそれぞれ充てるべき旨の明示または黙示の合意が成立した等の特段の事情が認められない限り、当然に、上記各金額を、相手方が負担すべき抗告人らの扶養料の支払にそれぞれ充てられたものとし、相手方において現実に支払うべき扶養料の金額の計算上これをそれぞれ控除することは不当というべきである(なお、仮に、上記特段の事情が認められる場合においても、原則として、抗告人の負担割合に応じて上記各金額の一部を、相手方が負担すべき抗告人らの扶養料の金額からそれぞれ控除すべきものであって、特段の事情のない限り、上記各金額の全額を控除することが相当でないことはいうまでもない。)。

(3)  さらに、原審判は、相手方が抗告人らの扶養料を負担すべき終期を、相手方らの高等学校卒業(もしくは卒業予定)時とするが、原審判も指摘するように、未成熟子の扶養の本質は、いわゆる生活保持義務として、扶養義務者である親が扶養権利者である子について自己のそれと同一の生活程度を保持すべき義務であるところ、抗告人らの父である相手方は医師として、母である豊子は薬剤師として、それぞれ大学の医学部や薬学部を卒業して社会生活を営んでいる者であり、現に、抗告人芳子も昭和61年4月に薬科大学に進学していること等、抗告人らが生育してきた家庭の経済的、教育的水準に照らせば、抗告人らが4年制大学を卒業すべき年齢時まで(ただし、抗告人信子については、高等学校卒業後就職した場合は高等学校を卒業すべき年齢時まで、短期大学に進学した場合は短期大学を卒業すべき年齢時まで)、いまだ未成熟子の段階にあるものとして、相手方において抗告人らの扶養料を負担し、これを支払うべきものとするのが相当である。

III、よって、原審判を取り消し、上記の諸点に関連して必要な審理、判断をさせるため、本件を大津家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 後藤文彦 裁判官 古川正孝 川勝隆之)

(別紙)

抗告の趣旨

1 原審判を取消す。

2 被抗告人は抗告人秋川芳子に対し金1252万1375円、同秋川信子に対し金1441万2137円をそれぞれ支払え。

第2項が認められないときは、

3 本件を大津家庭裁判所に差し戻す

との裁判を求める。

抗告の理由

1 原審判は、被抗告人と秋川豊子両名に対する抗告人秋川信子(以下抗告人信子という。)の扶養請求を認め、その割合を五対五としたが、以下の理由で失当である。

(1) 原審判は、抗告人らの被抗告人への愛情の薄れを被抗告人の扶養義務の割合を軽減する要素としているが、そもそも子供の親に対する愛情が薄れていく際の原因は親にあるのが通常であり、そのことをもって親の扶養の割合を減ずるのは本末転倒と言わざるを得ない。

本件でも、被抗告人の家庭内での奇行、暴行が原因となって子供の気持ちが遠ざかっていったのであり、抗告人両名が母親である秋川豊子との生活を望んでいる事実が何よりそれを物語っており、被抗告人の帰責性は明白である。

(2) また、現に子供を引きとって扶養している秋川豊子と被抗告人を比較して、金銭面での扶養割合を五対五とするのは、実際に子供を育てる際の様々な労力を評価しないものであり、この点からも失当である。

(3) さらに、被抗告人は総合病院の内科部長を務めるものであり、その収入が秋川豊子のそれをはるかに上回ることは歴然としているのであり、この点からも両者の割合が五対五とされるのは失当である。

2 原審判は、被抗告人と秋川豊子が婚姻継続中に抗告人らのために蓄えていた預貯金分を被抗告人の負担部分から差し引くとしているが、預貯金は抗告人らの将来の結婚費用等のために蓄えたものであり、現に抗告人らの名義にして、一切手をつけておらず、扶養料とは趣旨が異なるものゆえ、そもそも扶養料の一部として勘案するのは失当である。

また、仮に扶養料の一部として勘案するとしても、預貯金は秋川豊子と被抗告人の共有財産から蓄えていったものであり、被抗告人の負担部分にのみそれを充当するのは失当である。まず扶養料全部から、預貯金額を差し引いたうえで、残額につき相当の負担割合を決めるべきである。この点原審判は、父及母の扶養負担部分を決めたうえで、被抗告人が負担する扶養料のみから預貯金額を差し引くのは失当であり、秋川豊子の負担部分から預貯金額を差し引かないのは不公平である。

3 原審判は、扶養の程度につき、高等学校卒業までを基準に計算しているが、原審判も指摘する如く、扶養義務の本旨は、親が未成熟子の養育につき親自身の生活と同一水準の生活を保障するところにあるのであり、だとすれば、両親が大学の医学部と薬学部を卒業している本件の場合、一般に大学進学率が高まっていることも考えあわせると、その子供にも大学卒業までの扶養をすべきと考えるのが合理的であり、この点も原審判の判断は失当である。

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